
現地入りはスタート約2時間前、余裕を持ってトイレもすまし、暖房の効いた屋内(アリーナ客席)で待機。前回の水戸の反省を活かしほぼ万全の事前準備。スタート30分前に競技場入り。雨のためビニールポンチョを着けたまま軽くトラックを1周足慣らしした後はテントの下で雨宿り。
スタートはAブロック10列目くらい。Aブロックでも半分以上はビニールかぶったままスタートの雰囲気のため、今回は初めて自分もビニール着用での出走とした。(後半の風で身体の冷え防止の意味も含めて)
10時2~3秒後?号砲、スタートラインまでは7秒程度。これまでの練習で現状キロ4走行は無理なので4分10秒程度を目安。全体のレベルが高いからか、30分経過しても集団走が続く。
10キロ通過時に後ろから風船をつけた3時間ペースメーカー、それに続く100人以上いると思われる大集団に吸収される。ペース維持のため、しばらくその集団内で走ることに。
これだけの規模になると、18キロ付近片側一車線道路での折り返しでは減速必至の渋滞状態。
24キロ手前までを左折すると、大田原名物の長い上り坂&向かい風。なんとか3時間集団についていたが、国道294号をくぐったころ先の25キロでは風船まで10数メートルくらいの距離に広がる。ここから向かい風をまともに受ける。
集団の中に入れば多少は軽減されるはず、追いつこうとしっかり腕を振り前方の集団に近づこうとペースを上げたつもりだが、風船との距離は縮まらず。ぽつぽつと前の集団から脱落していく人をかわすも、実際には自分もペースが落ちかけており徐々に風船が小さくなるのがわかる。
北方向になってから想定以上に体力を消耗、一体いつまで向かい風なのか?上り坂なのか?そしていつまで脚がもつのか。雨対策のビニールをかぶったままがまずかったのか?ビニールをはずしても加速する余力が残っているのか?様々なことが頭の中を駆け巡っている間に、29キロ付近では既に集団が見えなくなっていた。
30キロまでにはもう力が尽きてしまったようなジョギングに。走っているのに眠気にも襲われる不思議な状態。目が開いているのか閉じているのかわからない。ただ他のランナーのほうへついていってるだけの感覚。35キロあたりからはジョギングすら維持困難、途中2度の歩行という残念な事態。
39キロ過ぎで午後1時を経過。水戸よりはまだマシと最後の奮起に期待をかけるも、フィジカルもメンタルも終わった状態で脚はまともに動こうとしない。ただもたもた動きながら、次々と後続に抜かれていくだけの惨めな現実。40キロ以降は坂もなく風もなく減速要因が全くないというのに。
結果3時間13分51秒は、2回目のフル・北九州2014にも劣るタイム。前回の水戸は初マラソンレベル。この6年間一体何やってきたのだろうと。
故障した訳でもないのに、昨年まで出来たことが今年出来なくなっている。明らかに今季の練習が間違っている、練習の質・量とも劣化していることは水戸と大田原の結果が証明している。
2月の別大までに、自分に何ができるのか。思いつくことを書き出してみる。
・朝ラン10キロは40分、13キロは52分を常に目標とする。ジョグは練習に入らない。
・月~金で50キロ、土日で50キロの週100キロを最低ノルマとする。(月400キロ走っていたときは普通にこなしていた分量)
・筋トレについては、スクワットと腹筋を一日100が基本(ただし最初のうちは分割でも可)
・日常から筋肉痛と回復のルーティンを定着させる
・筋肉痛状態ランで経験値を稼ぎ回復時のスピードアップにつなげる
・多摩川土手の冷たい強風で別大37キロ以降対策を行う
実際どこまで出来るかわからないが、別大までの制限時間2ヶ月強、自己への挑戦状。
